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研修会講演内容 

土地家屋調査士ADRについて書いています。

平成21年2月11日(水曜日・建国記念日)に静岡商工会議所大ホールで行われた研修会で私が講演した内容を載せています。

「土地家屋調査士のこれまでとこれから」

静岡県土地家屋調査士会会員 宮澤正規

今日は、「土地家屋調査士のこれまでとこれからと」いったテーマで主として地方都市の商店街ならびに現在の教育状況、あるいは行政改革、司法改革などから垣間見ることのできる土地家屋調査士の現状と将来を考えてみたいと思います。

 

1.地方都市の商店街の現状から垣間見ることができる土地家屋調査士の現状と将来。

 

地方都市の商店街が「シャッター通り」といわれて衰退の一途を辿り続けています。言うまでも無く商店街は小売業者で構成され、1950年代後半から1960年代前半(昭和30年代)には商店街全体で一つのショッピングセンターを形成していました。食料品から文房具、書籍、家電、薬、自転車、酒、呉服、下駄に至るまでたいていの日用品雑貨は近くの商店街で揃えることがでました。また、商店街の中には個人医院、歯科医院、特定郵便局、そば屋、子供の社交場でもあった駄菓子屋などもありました。そしてその頃の市民の足はたいてい自転車か徒歩でした。バスや路面電車に乗るときは近所の商店街ではなく、いわゆる市街地の繁華街「町に行く」時に利用しました。おおむね映画の「オールウエイズ三丁目の夕日」を思い浮かべていただければ良いと思います。ただ地方都市ではあんなに車は走っていませんでした。

食料品の分野を例に挙げますと米屋、八百屋、魚屋、肉屋、豆腐屋、菓子屋(洋菓子・和菓子)、焼芋屋、乾物屋等がそれぞれ専門店として品質、価格に責任を持ち商いをしていた。昼時あるいは夕方になると買い物篭を下げた主婦が多く見られ、あちこちで立ち話による情報交換をしていたものである。

1970年代(昭和45年以降)に入ると昭和30年代型の店舗は次第に姿を消し、替わりに食料品全般を主として扱う個人資本のいわゆる街の小規模スーパーが登場しました。

さらに古くから続く商店街だけでなく1970年代以降に再開発によって(地方都市の再開発は駅前が多い)大手大型百貨店や大型スーパーが出店し、その周辺に多数小さな店舗が出店し新たな商店街を形成ました。その後に2000年以降、郊外型の巨大モールが進出して客足が落ちると、大手のチェーン店は不採算を理由に撤退することになり、その後テナントが入らず大きな空きビルが出現するといった状況になりました。核になる店舗を失った商店街の集客力は失われ、さらに衰退に拍車がかかるといった状態であります。郊外型巨大モールが出現した背景には、モータリゼーションの進展が大きな影響を与えました。

実際、1970年から2000年にかけてのモータリゼーションの進展は著しく(グラフ1)交通網が未発達な地方都市を中心に自動車で買い物に行くスタイルが定着し、おおむね2000年までに個人資本による街の小規模スーパーの多くは廃業に追い込まれました。これにより広い無料駐車場を持たない商店街は衰退に一層拍車がかかりました。

さらに教育状況(進学率)もモータリゼーション同様に変化し(グラフ21970年代には高校進学率はおよそ90%に達し、今日では高校卒業者の実に75%が高等教育機関(大学、短大、高専、専門学校等を高等教育機関と定義する)に進学し大学進学率は、41.3%に上っています。それによりすでに衰退している商店の家業を継ぐものはほとんど無く、いわゆるサラリーマンになっていきました。基本的に家業という考え方すら現在では、ほとんど存在していません。後継者不足に陥り店主の高齢化が進み、全国展開の大型店舗とは異なり、スケールメリットの無い小さな商店は価格競争に対応できない上にお客のニーズにも敏感に反応できずに競争力を失い廃業寸前に追い込まれているといった状況です。かろうじて隠居仕事として店を開けているといったところも多いと思います。

 これら地方都市の商店街の衰退状況から垣間見ることができる土地家屋調査士の現状と将来はどのようなことがあるのでしょうか。

 まず第一に後継者不足(この場合の後継者とは単に各個人事務所の後継者だけでなく土地家屋調査士として新規入会する者あるいは補助者も含めて考えます)が挙げられると思います。私が所属している志太支部会員の平均年齢は56歳でここ10数年会員数は45名前後で推移しています。いわゆる二世土地家屋調査士は15%程で三世土地家屋調査士は予定者も含めて6%といった状況です。外に土地家屋調査士資格を持ち補助者として勤務している者が6%程度です。

 この数字は現在の土地家屋調査士に対して土地家屋調査士を知っている次世代の者ですら魅力を感じていないということが考えられると思います。ましてや一般の、土地家屋調査士を知らない人々にとっては選択肢にすらあがらない職業と言えます。

原因の一つに商店街の後継者不足の状況と同様に教育状況の変化が上げられると考えられます。高等教育機関では専門分野が細分化され法律、文学、経済などの文系、医学、工学、理学などの理系に大別され、弁護士・司法書士を目指すなら法学部、医師を目指すなら医学部、建築士なら建築科といったように専門分野と資格が連動していることが多く見受けられます。ところが土地家屋調査士は専門分野との関わりが薄く、むしろ土地家屋調査士2次試験免除という意味で測量士・測量士補・建築士などの資格と関わりを持っています。つまり、土地家屋調査士は高等教育の専門分野での一つの領域を持っていない職業と言えると思います。

 従って高校卒業者の75%が高等教育を受ける中で、土地家屋調査士制度の専門分野は皆無と言って良いのが現状です。一般の方、特に若い方の多くが土地家屋調査士を知らないことがむしろ当然といった現状です。このことに着目して大阪会、京都会、最近は千葉会などが大学に寄付講座を開講し不動産登記法の表題登記を中心に土地家屋調査士制度の講義を行っています。京都では同志社大学、京都産業大学など、大阪では関西大学、近畿大学など、そして千葉会では明海大学で正規の講座として土地家屋調査士が講義をしています。現在兵庫会では関西学院大学での寄付講座を検討していると聞いています。私はこの様な地道な努力が今後必要であると考えています。

 土地家屋調査士試験の受験者数は年々減少の一途を辿り(グラフ4.)昨年度ついに合格者数も500人を割り込む結果となりました。合格者の平均年齢が36歳ですから決して後継者として若い方々とは言えないのが現実です。土地家屋調査士試験だけでなく2次試験免除資格を得るために受験する測量士補の受験者数の推移(グラフ6)も同様に減少傾向にあります。おおむね測量士補の出願者数の50%が土地家屋調査士試験出願者数と相関関係にあると見るのは私だけでしょうか。

 第二として土地家屋調査士の後継者に対する教育力の低下が懸念されます。ブロック会あるいは本会による新人研修は非常に有意義なものと理解していますが、先程述べました高等教育の分野における土地家屋調査士の専門性の欠如により、はたして後継者教育が円滑に行われているかいささか疑問に思っています。また、一般的には補助者経験を経て開業するといった寺子屋的な後継者教育を各土地家屋調査士が担ってきましたが、今日の経済状況の中、また高齢化が加速している土地家屋調査士がどれだけ社会貢献としての後継者教育を持続できるのか非常に危機感を覚えます。

 

 

2.規制緩和と土地家屋調査士について

 

次に、かつて土地家屋調査士の報酬は公共料金に準じ法務大臣による認可料金であり、よって広告、看板あるいはいわゆる営業などが厳しく規制されていました。

 規制緩和の名の下に土地家屋調査士の認可料金は撤廃され、いわゆる保護主義から自由経済すなわち市場主義へと移行しました。土地家屋調査士会に対して公正取引委員会が入ったことがさらなる市場主義への移行を加速したのではないかと思います。

 以前は、不当誘致の禁止、品位の保持を掲げ、支部を含め会員の啓蒙に全力を上げていた土地家屋調査士会は、高い倫理観の無いままに、あるいは倫理観が確立されていない状況のもとに自由化の波が押し寄せてきた結果、すなわち「規律無き自由」の傾向が顕在化し始め、本会役員の皆様の献身的なご苦労、ご努力にもかかわらず、土地家屋調査士会は求心力を失いつつあり、現在ある種の混迷状態にあるのではないかと推察致します。

 一般会員の感覚としては、生活を守ってくれた存在(報酬額値上げあるいは法務局との協議折衝、共済制度など)から、最近は強制会としてのイメージが強い存在に変貌しつつあるのではないかと感じます。会員の最大の関心事は、報酬額と制度維持であると思いますが報酬額の分野につきましては、次の佐藤先生にお任せすることと致します。制度維持に関しては、後に言及することとします。

 

3.官業民営化(特に法務省関係)と土地家屋調査士の役割

 

郵政民営化に象徴された流れの中で法務省関連機関も民営化対象とされた部門がいくつかありました。刑務所、登記所、競売部門などが主な対象でした。その中で実現したのは民営刑務所でした。私を含め多くの皆さんがまさか刑務所の民営化は困難なのではと考えたと思います。しかしながら他の部門と異なり刑務所は一般市民が利用するサービスでは無いという点からすれば法務省内部だけで民営化を計画でき完結しやすい部署であったと考えられます。

民営刑務所の正式名称を社会復帰促進センターと言い、主として詐欺、麻薬、窃盗犯等を収容しています。 2007年山口県美祢市に開設され、大手警備会社のセコムや清水建設、竹中工務店などが建設した「PFI方式(プライベート・ファイナンス・イニシュアティブ)」(PFIPrivate Finance Initiative)とは公共サービスの提供に際して公共施設が必要な場合に、従来のように公共が直接施設を整備せずに民間資金を利用して民間に施設整備と公共サービスの提供をゆだねる手法である。)で、管理運営の一部を2024年までの18年間担当する。民間委託費は総額517億円で従来より48億円の節減となるという。(年約2億7千万円の節減)

 28ヘクタールの用地に男女各500名を収容可能で6棟の収容棟のほかに教育訓練棟、管理医務室、体育館、職員宿舎などがある。コンクリートの塀は無く金網状のフェンスや赤外線センサーで囲まれ外側から中の様子を見ることができます。鉄格子は無く受刑者は自由に移動することが出来ます。もちろん監視はされていて、受刑者の上着につけたICタグで居場所や移動の軌跡をモニターで監視しています。刑務官約120人、民間側が約100人で運営しています。

たまたま民営刑務所をNHKで特集していたのを見ましたが受刑者の個室にはテレビもあり、窓も10センチほど開けることができまた居室の扉に鍵はかかっておらず自由に出入りでき移動も可能でいわゆる刑務所のイメージとは大きくかけ離れていました。

 

4.司法制度改革

 

刑務所の民営化という「まさか」を可能にするほど行政改革の動きは強力なものであったと考えられます。

その中で、我々土地家屋調査士に関係がある登記所の民営化は結果として見送られ、業務の一部(乙号申請関連事業)が民間に委託されています。登記事件数が年々減少の一途を辿る中、ご承知のように登記所の統廃合は加速していきました。そのような状況のなかで不動産登記法の改正が行われ、土地家屋調査士にとって実務上の第一の衝撃は土地分筆登記などにおける、世界測地系に基づく登記基準点測量を視野に入れた全筆測量の法制化、そして規則第93条に基づく不動産調査報告書の添付が義務付けられました。ただ、今回の改正の中で土地家屋調査士として注目すべきは、規則第93条だと思います。ご承知のとおり規則第93条の本文には「登記官は、表示に関する登記をする場合には、法第29条の規定により実地調査を行わなければならない」とこのように書いてあります。これが本則です。但し書きは、所詮はこの本則に対する例外規定にすぎません。しかしながらこの但し書きがついたこと自体が土地家屋調査士にとって大きな意味を持ちます。登記官が持っていた実質的調査権を、土地家屋調査士が肩代わりすることができる、そのことが条文によって明示的に制定されたからです。よって不動産調査報告書の充分な活用は実質的に登記官の実質的調査権を我々土地家屋調査士の側に引き寄せる結果になると考えます。

さらに、今までの土地家屋調査士のフィールドであった不動産表題登記手続事務以外に筆界特定制度の創設ならびに申請代理ならびに当事者代理権の付与、さらには筆界調査委員としての参加が上げられます。

筆界特定制度の当初の案では筆界・所有権界の両方とも登記官主宰の行政型ADR一本で行く方針でした。ところが最終的には筆界しか扱えないことになりました。それでは所有権界に関する調停機能を持たないことになり、その結果として法務省は民間型ADR即ち法務大臣指定の土地家屋調査士会が運営する境界紛争解決センターを考えたわけです。

そこで、土地家屋調査士特別研修終了後の考査に基づく法務大臣認定と日調連登録、弁護士共同受任を条件に法務大臣指定のADR機関での代理関係業務の拡大が実施された。

元来、登記所は本来国家が行うべきだと考えられる表題登記のほとんどを土地家屋調査士に結果的にアウトソーシングしている現状があります。今回の不動産登記法改正のねらいのなかに登記所の存在意義を強く盛り込んだ部分があるとすれば筆界特定制度であると思います。また、土地家屋調査士のADRの参加を促すことにより行政改革の嵐と司法改革の強風を巧みに避けることが出来たと考えます。すなわち刑務所の民営化と同様にベクトルは逆ですが法務省内部だけで完結することが可能だったということに他なりません。

すなわち、これらほとんど全ての改革は登記所民営化と司法制度改革に対する対策を土地家屋調査士が担うこととなり、結果として我々土地家屋調査士が登記所民営化を阻止する橋頭堡となったことに他ならないと考えます。

 以上のことから、土地家屋調査士制度維持について考えるとき法務省(登記所)にとって非常に都合の良いこの制度を簡単に開放することは考えにくいと思います。建築士と測量士の参入が懸念されていますが既に土地家屋調査士試験における2次試験免除と言う形で垣根を低くしており、その可能性は少ないと思います。

 

5.土地家屋調査士の将来像

 

 前段で触れたとおり土地家屋調査士試験の受験者数は減少の一途を辿り、ここ10年で1万人から6000人程度に落ち込み受験会場も全国50会場から9会場へと激減しました。実務経験不問の資格ではありますが数年の補助者経験を経て開業するのが一般的であると思いますが近年は補助者経験を経ないで入会する会員も多く見られます。静岡県内の場合ほとんどの土地家屋調査士事務所が個人経営であると思います。現在の厳しい状況下では受け入れ事務所が著しく減少しているのが実情ではないかと感じています。即ち、ある意味新人教育の場が狭められあるいは閉ざされつつある状況があります。そのことは、結果として土地家屋調査士の資質の低下、倫理観の低下を招く恐れがあります。少なくとも現行の新人研修以外に積極的にインターン制度をとるなりの対策が急務ではないでしょうか。

 高齢化の中、多くの事務所が技術革新、土地家屋調査士業務の変革の波にのみこまれ、シャッターを閉めるのではないかと危惧されます。ただ、筆界特定、ADRが土地家屋調査士業務に加えられたのを機に、ご高齢であっても経験豊な土地家屋調査士はそれら新たな業務に積極的に参画し土地家屋調査士制度の発展、充実に寄与する路も有るのではないかと思います。特に境界紛争解決センター相談員のほとんどの皆様はいわゆるボランティア状態であると聞いています。

 将来的には筆界特定とADRが、土地家屋調査士の業務(ビジネス)として成り立っていくようなシステム作りをしていく必要があることはもちろんですが、筆界特定(筆界調査委員も含めて)と、ADR代理関係業務を積極的に推進していくことで土地家屋調査士の弁護士化を目指し、ADRの単独代理権獲得のムーブメントを今後起こしていく必要があると思います。そして、最終的には境界紛争解決の法律専門家として訴訟代理権獲得に向け努力することが必要であると考えます。

 

6.おわりに

 

近年土地家屋調査士の法人化が認められたが、その動静はまだ顕在化していない。コンビニのような全国展開あるいは県内展開規模のチェーン土地家屋調査士法人が誕生するのか現段階では見えてこない。それらができると実質サラリーマン土地家屋調査士が誕生することになり土地家屋調査士会の雰囲気も随分変化するだろうと想像できる。

現在の土地家屋調査士会は「経営者の会」ですが、将来「サラリーマンの会」へと変質しないことを願いまして、初老の土地家屋調査士の話を終わらせていただきます。

ご清聴ありがとうございました。

 

 

●地家屋調査士ADRについて思うことを書いています。